第3夜 雄羊
アラビア語の動物の名は難しい。性別や年齢を区別する場合、日本語のように名前の前に「雄」や「雌」や「子」という接頭辞をつければ事足れりいうわけには行かず、別々の単語が充てられているからである。ちなみに羊の場合、総称は غَنَم または ضَأْن 、雄羊は كَبْش 、雌羊は شَاة 、子羊は خَرُوف と言う。
ところで雄羊の كَبْش であるが、この語には他に「破城棍」とか「緩衝器」という意味がある。なぜ羊からこのような意味が派生するのか。まず「破城棍」であるが、これは昔の城攻めの時に使われた一種の戦車で、屋根を取り付けた長細い山車の下に何人もの兵士が隠れて勢いをつけて突進し、先端に取り付けた固い棍棒の先で目標物を破壊する兵器だった。
上の写真はアッシリア時代の彫刻で、その原初形態が伺える。なぜこれが羊に関連するのかと言えば、辞書の編集者は「 كَأَنَّهُ يَنْطَحُ 」(あたかも雄羊が角突くように)と片付けているが、その形もどことなく羊(と言うよりは豚)に似ている。要するに、棍棒の先端が城門に激突する様を雄羊の突進ととらえているのだが、なるほど、これでは雌羊や子羊ではなく、どうしても雄羊 كَبْش の出番となるわけだ。
ここまで来れば、「緩衝器」の意味も自ずから理解できる。つまり現代のアラビア人は、鉄道の車両が連結される様を、二頭の雄羊が左右から走り寄って角突き合わせるガチンコ勝負の組み討ちと見立てているわけである。